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空手道ビジネスマンコース@亀戸支部~第8話

2011年03月26日 17:36

[前回までのあらすじ]

通勤電車から毎日眺めていた憧れの空手少女、大木彩子に吸い寄せられるように
ビルの前まで来てしまった中年サラリーマン敏夫。
お調子者の道場生イワイと指導員である彩子の温かさに触れ、思わず入門してしまう。
彩子のスパーリングパートナーとしてニューヨークから樫野美香が帰国した。
どうしても勝てないライバル、西牧綾香を倒すべくKIMIKOが送り込んだのだ。
敏夫の道場仲間であるイワイは黒帯取得の報告のため、
かつて世話になった西牧道場を尋ね、綾香の壮絶な決意を知る。

一方、幼なじみでもありライバルでもある彩子は・・・


第1話は→コチラ 第2話は→コチラ 第3話は→コチラ
第4話は→コチラ 第5話は→コチラ 第6話は→コチラ
第7話は→コチラ


空手を始めてから敏夫には小さな変化が起き始めた。
残業をしなくなった。
道場に早く行きたいからではない。
仕事が早く片付いてしまうのだ。
今までの“なんとなくこなす”から“積極的にさばく”というやり方に変わった。
仕事を敵の攻撃に見立て、先を読み、集中力を持ってさばいてゆくのだ。
上司の見る目も変わり、大きな仕事もまわってきた。
仕事量は増えてしまうが、今の敏夫には朝飯前に思えた。

妻がやさしくなった。
これは意外だった。
自分に余裕ができたからだろうか。
それとも何かに打ち込んでいる姿を好ましく思っているのだろうか。
妻は敏夫が道場に通っていることは知っている。
しかし彩子先生の事はもちろん知らない。
やましい事は何もないが、この事は自分の心の箱庭にそっとしまって置きたい・・・
敏夫はそんな風に思っていた。

いちばん変わったこと。
それは人生に張り合いが出来たことだ。
以前と同じ風景が、明るく輝いて見える。
明日が来るのが楽しみになった。

この感覚は久しく忘れていたものだった。

美しく優しい、彩子先生。
イワイをはじめとする、気のいい道場仲間達と思いっきり汗を流す。
この事が今の敏夫にとって、なによりも素敵な事に思えた。

敏夫はいつも、道場には一番乗りでやってくる。
少しでも早く周りのレベルに追いつきたい気持ちもあるが、
敏夫にはもうひとつ別の理由もあった。
ビジネスマンコースの生徒は当然、皆仕事を持っているため、
稽古時間の最初の方は生徒もまばらだ。
時には彩子先生と二人きりというのも珍しくはない。



その日も敏夫は一番乗りでやってきた。

「オス!」

いつもはストレッチを始めている彩子先生が、窓辺で背を向けて景色を見つめていた。

「……」

聴こえていないのだろうか。
敏夫はそのまま道場に入り、彩子の顔の見える位置まで歩いてきた。
オレンジ色の西日に照らされた彩子の横顔。
高い鼻のくっきりとした影。瞳は鳶色に透き通っていた。
敏夫はあまりの美しさに言葉を失った。

(彩子先生のこんな思い詰めた顔、初めて見たな・・・)

「あのう、先生、どうかされましたか?」

「えっ、ああ、敏夫さん・・・今日も早いのね」

「ええ、早く先生に…いえ、早く練習してみんなに追いつかないと・・・」

「そう、熱心なのね。偉いわよ!」

「いえ、そんなことないです。へへへ」

つかのま笑顔を取り戻した彩子だったが、
再びその表情を曇らせた。

「ねえ、敏夫さん」

「は、はい」

「わたし、このままでいいのかしら」

「え?」

「こうして空手を教えているだけの人生でいいのかしら」

「なぜ、そんなことを?」

彩子の意外な言葉に敏夫は混乱した。

「だって、空手なんて実際には世の中で何の役にもたたないでしょう。
空手が強いからっていい仕事につけるかしら?
空手が強いからって人に尊敬されるかしら?
空手がこの世から無くなって、困る人がいるかしら?」

「いるわよ!」

美香が入口に立っていた。

「あのね~、彩子ちゃん」

つかつかと二人の方に近づくと一気にまくしたてた。

「あたしは彩子の助けてもらった。彩子の空手に助けてもらった。
だから彩子を尊敬している。
空手があたしに自信を与えてくれた。
だから空手が無くなったら、すごく困る!
・・・そんなヘンな女の子がここにいま~す」

真剣な表情から一転、ニコッと笑って体をくねらせた。

「美香ちゃん・・・」

「そうですよ! ボクも困りますよ。
ここで空手を習い始めてから何かが変わったんです。
その、つまり、うまく言えないけど毎日が輝いてるというか、
大げさかも知れないけど、生きてる実感が湧くというか、あの楽しくてしょうがないんです・・・」

「その通り!」

イワイもやってきた。

「僕も空手で救われた人間のひとりです。始めたのは広島ですが・・・
東京のこの亀戸支部を綾香さんに紹介してもらって、通い続けている内に確信したんです。
自分にはここが必要だ。彩子先生が教えてくれる亀戸支部が自分の居場所なんだって・・・
彩子先生は、その…教え方は決してうまい方じゃないけど…あ、ごめんなさい!
体の動きを見れば伝わってくるんです。
しなやかで、強くやさしい言葉を、体が発しているんです!
みんな受け止めてますよ!」

(イワイさん、ボクが何となく感じていたことをうまく言葉にしてくれたな。さすがだ)
敏夫は感心していた。

「・・・みんな、そんなにわたしの事を・・・空手の事を・・・」

「当たり前じゃないですか。みんな彩子先生のこの道場が無くなったら
途方にくれてしまう人ばかりですよ」

「敏夫さん、ありがとう・・・」

「ま、いちばん困るのは敏夫さんですけどね」

イワイが冷やかした。

「ちょっと、どういうことですか!」

「わ~敏夫さん、顔が真っ赤ですよ~、わははは」

「ふふふ」

「あははは」

「わっはっはっはっはっは」

彩子に笑顔が戻り、皆笑っていた。

「ごめん、みんな。わたし、いちばん大事な事を忘れていたのかも。
みんながいるからわたしがいられる。だからみんなのために、わたしががんばる!
そして、それがわたしのしあわせ! さあ! 稽古はじめるよ!」

「おー!」

拳を突き上げた4本の影が、西日に照らされ長く長く伸びていた。



(つづく)





勝手にエンディング・テーマ(笑)






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コメント

  1. | |

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  2. チョービギナー | URL | h7JsBsjs

    誰かに必要とされること。

    自分のことを必要だと思ってくれる人がいること。
    Perfumeのメンバーもよく口にすることですが、それこそが人をつき動かす何よりの
    エネルギーになる。頑張ろう、という気持にもなれる。

    私の勝手な思い込みなのですが、ひょっとしてこの第8話は今回の震災以降の
    いろいろとかからインスパイアされたのかなぁ、とも感じました。
    すごくいい話だと思いました。ちょっとグッときてしまいました。

    >オレンジ色の西日に照らされた彩子の横顔。
    高い鼻のくっきりとした影。瞳は鳶色に透き通っていた。

    うーん。こんな道場だったら、かっしかしのヘタレの私でも通いつめてしまうかも(笑)。

  3. ロボトリア | URL | -

    > 1の方へ

    コメントありがとうございます。

    深く読んでいただき嬉しく思います。
    登場人物にそれぞれ自分に思いを重ね合わせることで、感じ方は違ってきますね。
    Perfumeファンの気持ちや、Perfumeに対する思いなど、
    共感いただける部分があるとしたら嬉しい事です。
    ボク自身がそれを意図しているかどうかは、正直自分でもわからないです。
    彩子ならこう言うだろうな~、敏夫ならこう思うだろうな~と
    想像しながら進めていますので(^^)

  4. ロボトリア | URL | -

    > チョービギナーさん

    コメントありがとうございます。

    >自分のことを必要だと思ってくれる人がいること。
    Perfumeのメンバーもよく口にすることですが、それこそが人をつき動かす何よりの
    エネルギーになる。頑張ろう、という気持にもなれる。

    これはもともとPerfumeが持っていた、素晴らしい部分のひとつですね。
    そして震災後のそれぞれのメッセージでも、あらためてその事は強く証明されました。

    震災以降はいろいろ考えさせられる事が多かったですから、知らず知らず
    なんらかのインスパイアはあるかも知れないです。

    >オレンジ色の西日に照らされた彩子の横顔。
    高い鼻のくっきりとした影。瞳は鳶色に透き通っていた。

    萌え的は要素は忘れず盛り込みたいと思っています(^^)
    というか、それが書きたくて続けてるんです(笑)

  5. ぷなしめじ | URL | NXXK8szM

    大人の青春もかっこいい

    >敏夫はそのまま道場に入り、彩子の顔の見える位置まで歩いてきた。
    >オレンジ色の西日に照らされた彩子の横顔。
    >高い鼻のくっきりとした影。瞳は鳶色に透き通っていた。
    >敏夫はあまりの美しさに言葉を失った。
    この描写すばらしい!しばしの間、想像してうっとりしちゃいました(*´ω`*)
    だまって見つめ続けたり、そのまま吸い寄せられなかった敏夫は何と言いますか・・・意志が強くて尊敬します(笑)

  6. ロボトリア | URL | -

    > ぷなしめじさん

    コメントありがとうございます。

    その箇所実は今回のいちばんのお気に入りのところです!
    だからうっとりしてもらって嬉しいです。
    のっちの横顔、見とれちゃいますよね(*´∇`*)

    敏夫は意志が強いというよりも、気弱なロマンチストといったところでしょうか・・・
    秘めたる恋心です(笑)

  7. JOH-T | URL | grtSt.jg

    今後の展開は。。。

    >空手を始めてから敏夫には小さな変化が起き始めた。
    空手ってよい影響をあたえるのでしょうね。やっぱり格闘技ってメンタル的に鍛えられるスポーツなのだということがよく分かります。メンタル的によい方向に向かえば物事だいたいうまくいくような気がします。

    >やましい事は何もないが、この事は自分の心の箱庭にそっとしまって置きたい・・・
    箱庭という表現にここのことを想像してしまいました。この部分を読んで、なんとなくロボッチさんと敏夫さんがかさなりました。書き手の思いは多かれ少なかれ主人公に反映されますよね。そんなことありませんか?

    彩子先生のふと見せた迷いとか弱さみたいなもの、敏夫さんだけにみせてるんですよね。結局は笑顔を取り戻すんですけど結構気になるポイントです。今後の展開はどうなるのでしょうか。いや、敏夫さんにやましい事は何もないのはわかってますよ。でもちょっとだけ、気になります。。。

  8. mtst | URL | -

    いや~…

    自分という存在への疑問に対してこう言ってくれる人達が居たら
    ホント嬉しいでしょうね。
    ただその前提として物事に一生懸命に向き合ってるかという部分がありますが。

    物語とは言え現実とリンクしているような所もちりばめられていて、良いです。

  9. poncho | URL | -

    wonder2を急に聞きたくなって、今聞いてます。
    今は次の仕事の待機中です(^-^;

  10. ロボトリア | URL | -

    > JOH-Tさん

    コメントありがとうございます。

    >やっぱり格闘技ってメンタル的に鍛えられるスポーツなのだということがよく分かります。

    汗を流すだけでスッキリしますが、プラス緊張感もありますから集中力が増すような気がします(^^)

    >なんとなくロボッチさんと敏夫さんがかさなりました。

    ええ、思いっきり重ね合わせて疑似体験しています。この物語を書いている目的のひとつです。

    >彩子先生のふと見せた迷いとか弱さみたいなもの、敏夫さんだけにみせてるんですよね。

    おお、そうですね! 敏夫は鈍感で彩子の好意に気が付かないのでしょうか。ナンチャッテ(笑)

  11. ロボトリア | URL | -

    >mtstさん

    コメントありがとうございます。

    人の最大の欲は「誰かに認められたい欲」だと聞いたことがあります(適当)
    あまり全面に出されても引いてしまいますが、
    健気に努力している人は応援したくなりますよね。
    そこらへんが現実とリンクしている点でしょうか(^^)

  12. ロボトリア | URL | -

    > ponchoさん

    コメントありがとうございます。

    >wonder2を急に聞きたくなって、今聞いてます。

    それはこの物語を読んで、という理解でよろしいでしょうか?
    だとしたら嬉しいです(^^)/
    それともrunrunさんの記事を読んででしょうか?(笑)

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