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音楽を支えるビジュアルの力。「奥村靫正」の卓越。

2010年04月21日 21:02

S-F-X(紙ジャケット仕様)
細野晴臣『S-F-X』(’84)

「ジャケ買い」という言葉があります。
買おうか、どうしようか迷っているレコード。あるいは買うつもりもなかったレコードを、
ジャケットがかっこよかったから衝動的に買ってしまった。
あると思います(天津木村ではありません)

良いデザインのものは買ったときの満足感が違います。
美しいものを所有する喜び。
今は、音のダウンロードだけでも済んでしまいますが、いかにも消費物といった感じです。
それもひとつのライフスタイルかもしれませんが、
いわゆる名盤とされる数々の作品群はそのアートワークがあってこそ
語り継がれる“伝説”になりえたと思います。


YMOは音楽性のみならず、ファッションやビジュアル、アカデミックな学術分野まで、
社会を巻き込んだ大きなムーブメントでした。

とりわけ、そのビジュアル面で大きく貢献した人物がいます。
アートディレクター奥村靫正

YMOに夢中だった頃、関連するアーティストのレコードをあさっていく中で、
「おっ、これカッコイイ」と思うと、
決まって「アートディレクション奥村靫正」のクレジットがありました。
詳しいプロフィールはコチラ

今日はその作品を振り返ってみましょう。
(クリックすると少し大きくなります)


はっぴいえんど  ミカバンド  キャラメルママ
はっぴいえんど『HAPPY END』(’73)
加藤和彦とサディスティック・ミカ・バンド『サディスティック・ミカ・バンド』(’73)
TIN PAN ALLEY『キャラメル・ママ』(’75)



火の玉ボーイ  イスタンブール  カメラ=
鈴木慶一とムーンライダーズ『火の玉ボーイ』(’76)
ムーンライダーズ『イスタンブール・マンボ』(’74)、同『カメラ=万年筆』(’80)


パパ表  パパ裏  うたかたのオペラ
加藤和彦『パパ・ヘミングウェイ』(’79)とその裏
同『うたかたのオペラ』(’80)



春が300  左うでの夢  フィルハーモニー
大村憲司『春がいっぱい』(’81)、坂本龍一『左うでの夢』(’81)
細野晴臣『フィルハーモニー』(’82)



BGM.jpg  出口主義  ニウロマンティック
YMO『BGM』(’81)、ビートニクス 『EXITENTIALISM』(’81)
高橋幸宏『NEUROMANTIC』(’81)



テクノデリック デリック01 デリック02
YMO『テクノデリック』(’81)とそのインナースリーブ


ウインターライヴ  SFXポスター
『YMOウインターライブ』ステージデザイン(’81)
細野晴臣『S-F-X』ポスター(’85)




ごく一部でしたが、いかがでしたでしょうか?
70年代から80年代にかけて表現スタイルがアメリカからヨーロッパそして、
ロシア構成主義へと変化していく様子がうかがえます。
ボクはこの時期、とくにロシア構成主義時代の奥村さんのデザインワークにたいへん刺激を受け、
その後のボク自身の人生を歩む上で大きく影響を受けました。

奥村さんは、ことにYMOとの関わりは密接でワールドツアーに同行するなど、
第4のメンバーともいえる活躍ぶりです。
メンバーとは学生時代からの知り合いで学園祭などで彼らのポスターをつくったりしてたそうです。

その後、奥村さんはチェッカーズのデビュープロジェクトに参加しています。
福岡から東京に出てきた「革ジャン」と「リーゼント」の彼らを見て、
「これでは絶対売れない」と思い、チェック柄のファッションと、あの髪型のスケッチを描いて、
YMOの時とほぼ同じスタッフメンバーで実現させ、大ブレイクとなりました。

奥村さんは、伝統的な日本画の流れを汲む画家でもあり、
近年では、その圧倒的な画力を活かし自ら描いた絵画をモチーフに、
ポスター等、制作されています。
70年から80年代にかけての斬新で、奇抜なデザインも、
その確かな画力に裏付けされていたのですね。




ツアーポスター
YMO WORLD TOUR 80 FROM TOKIO TO TOKYO ポスター(’80)



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コメント

  1. チョービギナー | URL | h7JsBsjs

    The Studio. Tokyo. Japan. は聖なるアイコン。

    奥村靫正さん。ロボトリアさんとほぼ同世代でYMOシンドロームの直撃をリアルタイムで
    経験された人なら、その名前を聞くだけで陶然となってしまうマエストロ。
    たしか80年頃までのYMOのビジュアルに不満を持っていた細野さんが肝入りで連れて
    来た奥村さん。YMOに関しては奥村さん以前、以降という位、ビジュアルがガラッと変わってました。
    YMO自身の音楽性の変化にダイレクトにリンクする奥村さんのアートディレクション、サイコーでした。
    私が「黄金の81年」と呼んでいるその年にリリースされたYMOのBGM、TECHNODELICの
    2枚のアルバムに、ユキヒロのロマン神経症、BEATNIKS。ビジュアル、音楽ともに私の人生の宝、
    と思ってる作品群。よくぞ、フォーカスして下さいました。
    (ちなみにPerfumeのアルバムGAMEは、上記のそれらに肩を並べる傑作だったと思っています)
    ニウロマンティックのイラストを自分で模写したり、ビートニクスのジャケットの川崎の
    扇島のコンビナートの所までいって写真を撮ってきたり。80年のワールドツアーと、テクノデリックの
    特典だったポスター、奥村さんがロゴをデザインしたユキヒロさんの「Bricks Mono」
    のTシャツを今だに捨てられず持ってたりとか。
    私もロシア構成主義やアールデコ、キュービズムやバウハウスにハマった直接の原因は
    YMOと奥村さんでした。
    あ、あと散開後の細野さんの「観光」も大好きな一冊です。

  2. ロボトリア | URL | -

    >チョービギナーさん

    コメントありがとうございます。

    ブログを始めて間もない頃の入魂のエントリーに、反応していただきありがとうございます。
    YMO、すなわち奥村靫正さんのアートワークに触れて、実質ボクの人生の方向性は決まってしまいました。
    それほどの影響力を持った人ですね。

    >私が「黄金の81年」と呼んでいるその年にリリースされたYMOのBGM、TECHNODELICの
    2枚のアルバムに、ユキヒロのロマン神経症、BEATNIKS。ビジュアル、音楽ともに私の人生の宝、
    と思ってる作品群。

    まったくもって同意見でございます。

    >(ちなみにPerfumeのアルバムGAMEは、上記のそれらに肩を並べる傑作だったと思っています)

    こちらも同意見でございます!

    >川崎の扇島のコンビナートの所までいって写真を撮ってきたり。

    元祖「工場萌え」ですね!ボクもあのジャケットは大好きです!

    >「Bricks Mono」のTシャツを今だに捨てられず持ってたりとか。

    スゴい!ボクはもう捨ててしまいました~(TT)

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